2007年06月29日

なまなりさん

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『新耳袋』の中山市郎による長編怪異実聞録『なまなまりさん』です。創作なのか実話なのか、一切の説明も解説もなく、“実聞録”と称して読者に提示されています。著者自身が主人公(語り手)として登場しており、体験者の伝聞を活字化したという体裁です。

確かに小説であれ、映画であれ、“怖がらせる”ことを目的としたメディアにおいて最も肝心なのは

 (1)リアリティのある設定をベース

 (2)不可解な現象を客観的に描く

 (3)(2)に対して論理的な説明を補足しない


の3つの鉄則です。

受け手の身近な生活に属した土着なリアリティが必ずあります。例えば18世紀ロシアの北東部で起こった世にも恐ろしい話だ、と主張されても、実感は薄いものです。そして不可解な現象であればあるほど行間で想像を喚起させるがごとく、客観的な事実のみを提示します。最後にその現象が何々の因果の現象でうんぬん、と余計な解説をしないこと、そして受け手は突き放された時に恐怖を感じます。

『なまなりさん』はこの鉄則に準じた作品で、それなりに怖かったのも事実です。昨日、店の喧騒とは無関係にカウンター裏でこんなものを読んでいました。

アメリカのホラー映画の基本は力ずく驚かせることです。誰でも暗闇で急にワッ!と大声を叫ばれると驚きます。基本的にはこれだけ。そして物語の背景や過程を事細かに説明してくれます。これにはびっくりしても、大して怖くはありません。本当の恐怖はどうしようもない状況でただひたすら理不尽に突き放された時に感じます。最近のJホラーのハリウッドリメイクの背景となったのはこの理不尽さです。

ということで、夏に向かって怪談はシーズン入りいたしました。
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2007年06月05日

純愛小説

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篠田節子です。

作品ごとに全く違ったジャンルに挑戦しながらも、決して飽きることなく一気に読ませる力量を持った作家です。ホラーからラブストーリー、社会ネタ、SF、伝奇ものまで一貫性の無い作風が決して手癖に染まることなく、いつも新鮮に提示されます。作家にありがちな得意とする一貫した世界観がありません。代わりにあるとすれば、読者を飽きさせずに読ませるという確固たる技術の一貫性。新作は真っ先に購入し、一度読み始めると止まりません。冒頭の掴みが非常にうまいんですね。いつも先の展開が全く予想できず、ひたすら活字を読み飛ばすしか抵抗の方法はありません。個人的には『ゴイサイタン』『神鳥』『弥勒』などのオドロオドロ系が好きです。そして今回もまた萎えることなく一気読み。日常的な出来事が何かのきっかけで少しずれていく感覚の短編。出来は並みですが、それでも紙の無駄使いのような凡庸な作家を寄せつかない、活字中毒者を満足させる作品です。

篠田節子恐るべし。
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2007年05月24日

THE LONG GOODBYE

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やっぱり大好きです。

10代に旧訳を読んで以来、久しぶりの『長いお別れ』。
隔てられた時間によりもはや細部の記憶は曖昧で、旧訳と村上春樹により新訳の差異は初めての新しい作品のように違和感なく溶け込みました。

小説でも映画でも、作品の終わりが来ないこと、永遠にこの瞬間が続くことを望むことがあります。作品世界と神経細胞が同調し、共鳴を起こしたような気分です。行間や像間(映像の合間)が脳内に染み入り、作品とも現実とも無縁の架空のフィクションを作り上げます。

レイモンド・チャンドラーの言葉使い(正確にはその日本語訳)が大好きです。特に比喩表現が見事で、自分の綴る文章の目指すべき理想形です。この人の文章に包まれていると、もう心地よくって、心地よくって堪らない気分になります。この快感のために、また本棚から引っ張り出し再読するのでしょうね。
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2007年04月12日

カート・ボネガット死す

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カート・ボネガットが84歳で亡くなりました。一時期、結構はまっていたアメリカの作家です。スカスカの文体、ヘタウマイラスト満載の独特な誌面が大好きでしたね。そういえば、代表作『スローターハウス5』で繰り返して使われる「そういうものだ So it goes」の台詞は私の座右の銘でした。絶望と希望の狭間での冷めた視点が斜に構えた当時の自分には妙に心地よかった。うちは「そういうものだ」な旦那に「それがどうしたSo What?」が座右の銘の嫁と困ったカップルです。

同作品はジョージ・ロイ・ヒルによって映画化、サントラがグレン・グールドというかなりDEEPな映画です。久ぶりに観たいなぁ。DVD化されてない?

余談ですが、その他の座右の銘。

  「石橋を叩いて渡らない」

慎重すぎる性格の賜物です。さらに発展形として、

  「石橋を叩いて壊す」

臆病で神経質なくせに言動が荒く、すぐにモノを壊す人の意味。まさしく自分(および嫁)のことです。しかしこれのどこが座右の銘なのだろうか?言葉の意味を履き違えている気がします。
posted by 焙煎師TIPO at 21:29| 活字中毒

2007年03月28日

バール、コーヒー、イタリア人

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島村菜津著『バール、コーヒー、イタリア人 グローバル化もなんのその』

『BURUTUS』『ates』など最近コーヒー関連本が多いようです。密かにブームなんでしょうかね?これも新書ですがイタリアンとコーヒーのお話です。決して目新しいネタではないのですが、バール、エスプレッソからコーヒーの発祥、品種の話まで盛りだくさんです。コーヒーの教科書として勉強になります。
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2007年03月05日

ダークタワー

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旅が始まりました。そう、文庫全16冊の長旅です。

本来なら全冊並べて、愛でてから読書開始と行きたいところですが、一気に買うと失敗しそうなので今回は小出しで行きます。1冊目の中途では話が全く見えないのですが、結構いけます。スティーヴン・キングのディール書き込み地獄が待っていること必至ですが期待大。
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2007年02月06日

縦と横

果たして縦書きか横書きか?

電車の中吊り広告を見ていてふと気が付いたのですが、日本語は縦書きと横書きが1つのレイアウトの中に混在しています。よくよく考えると世界的にも珍しく、中国語およびそれをルーツとする日本語、韓国語などに限られる表記です。加えて、日本語に関してはカタカナ、ひらがな、漢字、英語、ローマ字、数字、記号などなど複数のベースが入り混じり混沌の中にも独特の美を醸し出している類を見ない多彩な言語!まさに世界遺産です。週刊誌の広告の様に縦書きと横書きが複数のタイポグラフィでカオスと化している姿は極めて日本的で、欧米的なすっきりとレイアウトされた画面とは異質の美意識です。

昨今、文章を書く場合、基本的には横書き。このブログも当然そう。今更、縦書きの原稿用紙を埋めていくことには困難を感じます(ひょっとしたら小学校の作文以来かも知れません)。ワープロやコンピューター誕生以降、言語を文章に落としていく際、基本OSが横書きに準じています。ココで日本語の言語感覚が確実に変化しました。日常的なメモやビジネス文書、伝票にいたるまでほとんど横書き。多彩なベース(例えば英語や数字)を表現するには縦書きでは収まりが悪いのです。でも不思議なもので、確実な変化にも関わらず、単行本や文庫本などの文芸書は従来の縦書きレイアウトを頑なに守っております。英語の原語表記などにかなり苦し紛れ感が……!そろそろリアルの言語感覚に合せた左から右への横書き(当然製本も今と逆開き)の文芸書がバンバン出てもいいのでは?原稿用紙が日本語の縦書き文化に残された最後の牙城?周囲は完全に包囲されています。
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2006年12月22日

小川洋子

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小川洋子です。
いきなりはまりました。
食わず嫌いでした。認めます。
あたかも、適度に深く暗いけど不思議なくらい自分の丈にぴったりで、職人により巧妙に掘られた落とし穴に運命的に導かれるように落ちました。

映画『博士の愛した数式』の通俗性(個人的偏見ですね)が鼻に付き、避けていた作家ですが、偶然連れ合いの書棚から暇つぶしで手に取りました。最新短編集『海』から『薬指の標本』『まぶた』と気が付くとチェーンリーディングしています。多分全作読破まで当面続くでしょう。これはいつものセオリーです。好きな作家は毒を食うなら皿までと徹底して突き詰めます。

幻想譚とも言える、現実なんだか幻想なんだか、曖昧なリアリティの短編が秀逸です。いつも読者は突き放されます。5W1H的な合理的説明が意図的に欠如させてあり、エンディング(落ち)も曖昧で読後も宙ぶらりんの状態で漂います。飾り気のない静かで冷たい文体も好きです。説明は難しいのですが、大好きな空気感です。これらに一度はまると堪えられません。

そうなると、偏見だけで無視したフランス映画『薬指の標本』が観たくなります。よく見るといかにもフランス映画的な主演女優も好みのタイプです。果たして逃した魚は大きいのか?
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2006年12月13日

シアトルの伝説のカフェ

慨して説教臭い啓蒙書やビジネス書の類を毛嫌いしています。どちらもビジネスと人生のセオリーが究極的には宗教化(教義化)していくのが、へそ曲がりにはケッ!という感じで面倒くさくなります。でもこの本は結構素直に勉強になりました。

実在するシアトルの伝説的なカフェオーナーの物語です。それは4つの“P”を大切にすることにより、20年以上にわたって、「シアトルで最高のコーヒーを飲める場所」という評判を保ち続けてきた伝説のカフェです。

4つの“P”とは

 passion(情熱)

 people(人) 

 personal(商売を超えた温もり)

 product (商品)


です。確かに同じ個人でコーヒー屋を営む身としては当たり前ですが本当に大切なことです。1周年を迎えたこのタイミングで偶然この本に出逢えたことに感謝します。これからの1年、気持ちも新たに人、コーヒー 、お客様に対する情熱と愛情を失うことなく切磋琢磨して行きたいものです。

そういえば、結婚式などでスピーチを任せると、必ず「4つのM」とか「5つのS」とか辞書を片手に適当にでっち上げて説教する上司がおりました。この手の人は今でも社会に生息しているんでしょうか?

   ……などと茶化すからからいけないんですね。
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2006年10月17日

本屋

それは幼い頃の記憶です。
親戚の家への行き帰りに本屋の前を通る時、いつも胸がドキドキしたものです。「あ、本屋だ!」と心が躍り、同行している母に「入る?」と声を掛けてくれないかと密かにさわさわと期待していました。(当時の年齢では大人に買ってもらうもので、まだお小遣いを手に自分の意思で行けなかった)。何もなく通り過ぎた時は少しだけ悲しみ、声を掛けられた時は少しだけ喜びます。不思議なもので、この時の思いはこの年になっても忘れられず残り香のように記憶に残存しています。確かに今も昔も無類の本好き。でも玩具や食べ物でこの気持ちを抱いた記憶がありません。なぜか本なんですね。

昨日、堂島のジュンク堂へ。本当に楽しいですね、でかい本屋は!ここは大概の本があり、文芸書から文庫本、雑誌、専門書とうろうろとフロアーを散策していると時間の経つのを忘れます。買って読む行為より、探す行為を楽しみます。一旦買ってしますと、それで気が済み、あとは処理(=読む)することに追われるだけです。この辺はレコード漁りと同じですね。同行していた連れ合いとひとしきり散策して、堂島から阪急梅田駅は遠く、本はひたすら重いのでとりあえずの何冊(といっても1万円近く)を買い込んで帰りました。安上がりなのか、高くつくのか判らない休日の過ごし方です。
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2006年09月30日

珈琲と雑貨と音楽と

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鎌倉のcafe vivement dimancheの堀内隆志氏の新作『珈琲と雑貨と音楽と』です。珈琲サイフォン在籍時にはいろいろとお世話になりました。
本当にいい店です。言葉にはできない漂う空気感が心地よく、本気で寛げます。巣鴨からは遠く、何度かしか行けなかったのですが、今すぐにでも訪問したい場所のひとつです。

お店のこと、珈琲のこと、好きなもののこと、音楽のことなど、深い愛に溢れた文章が読ませます。本当に胸いっぱいの愛情です。それは自分が店を開くにあたって、この店で学んだことです。個人でお金のための仕事というよりひとつの生き方として店を続けていく上で最も大切なのが「愛」です。青臭いけれど、個人経営者は自分が提供する商品やサービスに愛情を抱かなくなった時点でお終いです。お客様にお届けするすべては店主の密かな愛情に彩られたものです。終生このことを肝に銘じて生きているつもりです。そして「好きこそものの…」という格言の通りです。

カフェ開業を考えている人にもぴったりの教科書です。文章にはコーノ式器具そして師匠河野雅信氏とその父河野敏夫氏も登場いたします。
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2006年08月04日

relax

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雑誌『relax』が本日届いた9月号で休刊します。特集は「眠り」で巻末には「リラックスも、スリープします。」と出来過ぎの締めの挨拶。雑誌の休刊は実質上の廃刊と同義(復活した雑誌は少ない)ですので、少し寂しい限り。いったい何の雑誌なのか不明なゆるゆるさが好きで、サバービア特集や別冊『relax for girls』などシャキシャキの愛とパワーがあった時代もありました。確かに最近は全面仕様変更など苦し紛れのリニュアルを繰り返していましたが、案の定行き詰ってたのね。

書籍全般はもちろん雑誌も活字離れで苦しんでいます。相も変わらず活字中毒者としては何でやねん!と世界に向かって憤るばかりです。悲しいけど、今後もメディアとして完全に消えることはないにせよ、必要度は低下するばかりか?ふーん(溜息)。

位置情報しかし今日は落ちのないコネタを連発していますね。これも暇さ故?それとも暑さ故?
posted by 焙煎師TIPO at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 活字中毒

2006年08月03日

中山可穂

毎日暇なのでたっぷりと本が読めます(自虐的発言)

最近は中山可穂をチェーンリーディングしています。
いきなり“ビアン”と書かれても何それ?という感じでこの人のセクシャリティに関しては興味がなく、主人公のほとんどが同性愛者(女性)というのもいささか解せません。でもこの点に目をつぶれば、どこか冷めていながらも粘着質な描写力のすさまじさ!絡みつくような筆力は見事です。久しぶりに(ストーリーでなく)文章そのものにメロメロにやられました。

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まずは『弱法師』。
能をモチーフにした現代の不可能な愛のかたちだそうです。冒頭の献辞がレスリー・チャンというのにいやな予感はしたのですが、予想を裏切り傑作です。特に「卒塔婆小町」がすげぇ!夭折した作家とその担当編集者の物語です。

 わたしは小説を読むことが商売なので今さら小説で泣くことなんて
 ないのだが、これにはやられた。お涙頂戴の人情ものなんかでは絶対
 泣かないのに、剥き出しの無垢な精神が不器用に傷ついているさまに
 触れると、不意にざっくりと斬りつけられることがある。

という担当者がほれ込んだ作家との関係は

 一匹の悪魔と百匹の天使を自身の中に飼い馴らしているのが作家なら
 百匹の悪魔と一匹の天使をおのれの内に棲まわせているのが編集者だ。
 それがわたしだ。女衒のように作家に近づき、その肉体から彼の命を
 ―小説を―最後の一滴まで絞り取る。からからに涸れ果てるまで、廃
 人になるまで、自殺して死ぬまで、追い詰めて攻め立てて抱きしめて
 ひれ伏して爆弾落として夜露に晒して火をつけて水を浴びせて踏みつ
 けて踵を舐めてめったやたらに引き裂いて。この仕事は借金取りに似
 ている。わたしは神に代わって、作家が神から借りた金―才能―の取
 り立てをしているのである。

と描写されます。長い無断引用ですいません。でもこの描写にメロメロ!やはり中山可穂は只者ではありません。個人的に「文章の浸透率」と呼んでいるものがあります。もちろん具体的な数値ではないのですが、ある文章がその個人にどれだけ染み入るか、入り込むかを示す基準です。人と人のように相性があります。作者の意図とは異なる勝手な思い込みかも知れませんが、文章を読んで「クー!わかる!わかる!いいねぇ!」という感覚です。相性が悪い(浸透率が低い)と正確な情報伝達がなされず、単に活字が網膜上を流れ、脳内で読解されません。相性の良い文章は即脳内に浸透して蓄積されます。その点ではこの人の文章はやばいくらいに入ってきます。
他の2編「浮舟」「弱法師」も素晴らしい!大変気に入りました!トータルで☆5つ(満点)をあげます。

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次は『ケッヘル』。
上下にわたる長編小説です。モーツアルトの音楽を巡る物語です。タッチは篠田節子の様であり、村上春樹の様です(勝手な個人的な主観です)。複数人物の主観描写がパズルの断片の様におさまる構成は見事!ぞくぞく登場する奇怪な人物がそれぞれに魅力的で読ませます。『弱法師』の様なヒリヒリと張り詰めた描写は抑制されていますが、300ページを超える上下巻を一気に読ませる傑作です。こちらもお気に入りで☆4つあげます!

そして現在はブックオフの100円コーナーで探してきた『感情教育』に挑戦中です。当面はまりそうな作家です。

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2006年06月15日

本が読めます!

  「いやあ、店をやってるとね本がいっぱい読めていいですよ!」

店を始めた知人の言葉です。
確かに読めます。
その気になればいっぱい読めます。
特にうちのように暇な店ならブリブリ読めます(露悪的)。

先月5月の実績を振り返ってみましょう。雑誌を除いて単行本・文庫問わず合計21冊。アヴェレージで毎日0.6冊を営業時間中に読んでいます。閉店後は基本的に本も読まず、音楽も聴きません。感性のスイッチを切ります。ということは焙煎と接客以外の営業中で読んでいるのですね。カウンター下にはいつも本が忍ばせてあり、無くなると不安で一杯になります。楽しんでいるのか追われているのか判らなくなる時がありますね。得意のオブセッション(脅迫概念)です。先月は友人のお勧めの痛い小説を一杯読み、かなり痛くなりました。確かに痛い小説もいいものです。

でも活字への飽くこと無き耽溺者としては立ち止まることは許されません。読み続けることで進み続けます。読むことは生きることです。活字中毒者の痛いところです。

ひらめきあ、いいこと思いつきました!素晴らしいアイディアです。でも皆様のささやかな協力が必要です。店主の活字への歪んだADDICTION(依存症)を止めるには……
      そう!お客様が一杯来ることです!
ひたすら雑念を抱くことなくコーヒーを淹れ続け、焙煎し続ければ冊数は間違いなく減ります。みなさん!バンバン来店して一杯注文してやって店主を苦しめてやって下さい!レイモンド・カーヴァーの小説『ささやかだけれど、役に立つこと』の表題のように!そこんとこ、よろしゅうに!

位置情報これもかなり露悪的なオチ。







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2006年06月14日

ワイルド・ソウル

最近、文庫化され、一応ブラジル関連ということで、垣根涼介『ワイルド・ソウル』に挑戦。
棄民政策と語られる歴史の闇に葬られたブラジル移民がテーマです。1961年にブラジルに移民した主人公が現在に至るまでの物語です。多少ステロタイプな浅い人物描写があるものの娯楽作品としても一気読みさせるパワーは十分にあります。前半の移民の文字通り血のにじむような生活の描写に心打たれます。後半、現代日本社会に復讐を近い立ち上がる移民の僚友たちと警察との頭脳戦が物語を加速させます。

TIPOGRAFIAで人気の“ワタナベさんコーヒー”の農園主であるエウリコ・ワタナベ氏はブラジル移民の三代目(孫)にあたります。彼の栽培した素晴らしいコーヒーを我々は現代日本で気軽に楽しむことが出来ます。でも彼の家族(父母、祖父母たち)がどんな思いでここまで生きてきたのかは知る由もありません。農園主として、社会的な成功者としてコーヒー栽培に携わるまでのもうひとつの物語あるはずです。光あるところに影は必ず存在します。たかが一杯のコーヒーですが同じ日本人として、カップを傾けるこの瞬間にもブラジルと日本を結ぶ歴史は静かにかもしだされているはずです。
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2006年05月27日

ベトナムから遠く離れて

『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』

久しぶりの沢木耕太郎です。『深夜特急』再びという感じのベトナム旅日記。文庫化されて初めて読みましたが、思わずベトナムへ行ってフォーを食いたくなりますよ。机上の旅はいいものですね。無限に妄想が拡がり、現地の風景が網膜に広がり、架空の熱帯の風と熱気さえ感じます。

実はTIPOGRAFIA開店前、珈琲サイフォン入社前に突然ベトナムへ行くことを思いたちました。家に人見知りの激しい猫がいたため、もう何年も長い旅行へは行っていませんでしたが、店を始めると時間的に旅行が困難になるため、人生最後の旅路と勝手に自分を納得させて海外へ出ることを決心いたしました。大好きな中華・ベトナム料理とフランスパンが両方味わえる、おまけにコーヒーの産地でもあるということで突然ベトナム。でも最終的にはエスプレッソの本場、イタリア礼拝に変更されました。当時この本を読んでいたら間違いなくベトナム行を決心していたでしょうね。


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大好きなベトナム映画『夏至』。『シクロ』『青いパパイアの香り』のトラン・アン・ユン監督作品です。大げさなストーリーはないけど、ベトナムのむせかえるような空気感と色彩が大好きです。主演のトラン・ヌー・イェン・ケー(監督の奥様で写真中央)にメロメロに官能にされました。この不思議な色っぽさは一体なんなんでしょうね。
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2006年05月06日

群ようこ『しいちゃん日記』

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この本によると、ネコと接していて親馬鹿ならぬネコ馬鹿になることを「ネコにやられた」というそうです。それなら、店主の人生はコーヒーにやられず、ネコにやられっぱなしです。

単なるネコ好きの毎日のエッセイです。興味のない方は本当にどうでもいい本ですが、すでにネコにやられた人はさらにやられること必至!

訳ありで離れ離れになってしまった愛娘ぐりこ(メインクーン)のことを思います。どうでもいいけど、写真は1月14日のブログにあります。そして最近、恐ろしいことに気が付きました。動物と一緒に暮らしている人が傍らの動物に向かってあたかも連れ合いのように話しかけることはよくある話です。が!傍らにもいない離れ離れになった動物に話しかけることはかなりやばい!確かに寝る前には彼女に「オヤスミ」をつぶやきます。焙煎しながら、ぐりこの唄(歌詞もメロディも適当)を口ずさみます。我に返ると恐ろしい事実です。

この本でよくでてくるネコの鳴き声「んにゃー!」は的確な擬音表現です。ぐりこも機嫌の良いときはいつも「んにゃー!」と話しかけてきました。

ちなみに桜沢エリカ『しっぽがともだち』がうちのネコの飼育マニュアルでした。これも何度も読み返し、いつもニヤニヤとやられていました。

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2006年05月04日

ゴルトベルク変奏曲

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小沼純一著 バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア  

タイトルからすごく期待して定休日に書店へ走りました。でも……?全文、署名のない対談形式で進められています。『ゴルトベルク変奏曲』の時代背景や譜面の分析などが語られているのですが、正直どうでもいい本です。タイトルに負けました。予告編で期待でブクブクと膨らませて、劇場で奈落の底へ落とされたような気分です。なんじゃこれは?という本。

『ゴルトベルク変奏曲』が大好きです。ロックやジャズが長かったので、クラシック音楽に対する偏見やコンプレックスがありました。それでも抵抗感なく聴けたのがグレン・グールドの同曲でした。どう聴いても、このオヤジは変です!この傾き方が心地よく、ヒリヒリとした神経質な音感に惚れました。しばらくご無沙汰していたのですが、近年再びマイブームで時折、店でも流しています。気に入った曲は他の人の別の解釈も聴きたくなります。ジャズのスタンダード曲買いと同様にグールド以外も結構買いあさっていますね。先日購入したアコーディオン版(ミカ・ヴァユリネン)なんかはかなりヘンタイ!同書の巻末リストにあったのですが、ギターソロ版、サクスフォン四重奏版、オルガン版などいろいろな編成があるのですね。ギターソロなんかぜひとも聴いてみたいものです。
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