2007年07月04日

ダイ・ハード4.0

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しかし忙しい映画です。
ブルース・ウィリスはいつも汗をかき、怪我して走っています。決して止まりません。ひたすらバカバカと反対サイドの人間(敵役)を殺しまってます。絶対このおっさん地獄に落ちます。

前作から12年ぶりのシリーズです。
早12年も時が流れてのですね。劇中の主人公も経過時間と同じだけ年を食っています。911みたいなテロが現実に起こってしまうと、絵空事のテロリスト映画が全く洒落にならないものです。事件からいくらかは時が経ちアメリカ映画も少しは落ち付き、再びご都合主義なテロを描く余裕ができてたのでしょうか?

シリーズの常としてあまり変わりない映画で、当然アクションも火薬量も闇雲にスケールアップ(これは避けられない条件)。その意味では、前作までを観ていなくても楽しめ、夏休み映画としては多少、人が死にすぎるけど、娯楽大作としてピッタリ。

最近気が付いたのですが、時として静寂よりも、激しい刺激(音や映像など)が恒常的に続く時、逆に人は睡眠へと誘われるようです。そういえば昔、鼓膜が痛いようなフィードバックノイズの爆音ギターのライブで立ちながら眠っていた人がいました。傍らで観ていたうちの連れ合いも同様で畳み掛けるようなアクションシーンが連続すると機能不全に陥るようです。

映画には2種類あります。それは……
  
  後を引く映画と後に何も残らない映画

です。これは典型的な後者の映画。
劇場を出て10分後には全てを忘れています。その点では幸せな映画です。
posted by 焙煎師TIPO at 11:16| 映画

2007年07月02日

ボルベール《帰郷》

映画『ボルベール』です。

女は強い。
女はたくましい。
女はしたたか。
そして女はやさしい。

何とも男性の希薄な映画です。
世界には女しか存在せず、男は書割の風景の一部でしかないようです。全編ほぼ女性ばかりの物語です。唯一の男であるペネロペ・クルスの旦那にいたってはとんでもない末路を迎えます。どんなに足掻いても男は女にはかないません。アルモドバルの視線はどこまでも女性的。『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』に続く女性三部作だそうです。
ペネロペ・クルスも久々の母国語でイキイキと母なるやさしいビッチを楽しそうに演じています。

ああ、女にはかないません。
posted by 焙煎師TIPO at 21:05| 映画

2007年06月30日

おきばりやすぅ

先日観た映画『舞妓Haaaan!!!』以来、“おきばり”づいています。

    「おきばりやすぅ」

映画の中で度々繰り返される台詞です。
スクリーン越しに刷り込まれた台詞は言霊と化して、日常会話も支配します。非京都人の脚本家が京都弁を的確に表す言葉として執拗なまでに確信犯的に使用したに違いありません。その妄執はもはや嫌味の域に達し、「君、茶化しとるんけ?」と突っ込みたくなります。

しかしながら……。

確かに日常意的に使います。

気が付くと無意識に、別れ際に連れに向かって声を掛けています。いつだったか、店に来た生粋の京都人である父は「まあ、お気張りやすぅ」と帰り際に言い残して行きました。自虐的に見れば、これは明らかに放蕩息子への親からの密かな叱咤激励なんでしょうね。

英訳すると単純に“GOOD LUCK!”となるはずなのですが、もっと微妙なニュアンスがあります。説明は微妙、歴史やコミュニティーに裏づけされた土着的な語彙です。映画の中でも「花街言葉と日常の京都弁は違うさかいに、その違いを覚えなはれ」とありましたが言葉とは本来そういうものです。ブラジルにおける“SAUDADE”が英訳、日本語訳も不可能は微妙なニュアンスを含んでいるのと同じです。そのTRIBE(共通の特徴・職業・趣味・利害関係をもつ集団)に属していない者がその集団を肯定したい、あるいは否定したい時はこれらの言葉を使用する傾向があります。芸人がいんちき中国語やいんちき大阪弁をネタにするのと同じ意味合いです。

まあ、いろいろと書きましたが、『舞妓Haaaan!!!』はまさにおきばりやすな映画です。それ以上でも、それ以下でもありません。非京都人による京都という「幻影都市」を力技かつハイテンションで描いた作品です。首都機能を東京に奪われた京都という町は単なる歴史のある地方都市でしかありません。そして歴史に培われたイメージという幻でしか、非京都人に対抗できません。
posted by 焙煎師TIPO at 12:32| 映画

2007年06月20日

めがね

秋公開予定の映画『めがね』です。

公式サイトのタイトル画像を見ているだけで期待せずにはいられない。
このポーズは何なんだ?みんなタイトル通り、めがねをかけているが何の話なん?謎と期待は深まるばかりです。

そう、『かもめ食堂』の監督(荻上直子)の新作です。

『トランスフォーマー』の制作費を比較すると雲泥の桁違いですが、300倍は期待しています。『かもめ食堂』に引き続き、小林聡美、もたいまさこが続投、そして何よりも市川実日子まで付いてくる。コレは観ずに死ねない?

しかしながら………。

   狙いすぎると必ず外す

のが世の常です。
多分、前作のヒットは素でしょう。好きなネタを好きなように撮ったら、ミニシアターだけどお客さんが溢れ、ロングラン上映となったのでしょう。
映画でも商品でも、広告代理店や専門家の練に練ったマーケティング理論を元に企画されたモノに面白いものはありません。机上の理屈だけで狙いすぎると外れます。これはコーヒーやフードでもいえることです。ブレイクを狙い、理論尽くめで巨額の広告費を投じた新製品が半年もせぬうちに消えていきます。(例えば、マサイのなんちゃらとかいうドリンクはどこへ行った?焙煎も同じ、机上の焙煎理論で考えに考えた時よりも、よそ見しながら適当に煎り上げたときの方がうまくいくことが多いですね)

監督はヒット作の次としては、全く路線を変え、新境地を目指すか、柳の下の2匹めのドジョウを狙うかを選択を強いられます。キャスト続投を考えると、一見ドジョウ探しを図っているようには思えますが、結果はいかがなもんでしょうね?

ともあれ、この秋、一番の期待の映画です。
まあ、個人的には市川実日子のうまいんだか、ヘタなのか分らない台詞回しと、かわいいんだか、へちゃむくれなのか分らない容姿だけで幸せになります。何時間見ていても不思議と飽きない人です。その小さな幸せまで付いてくるのですから、即買いでしょうね。
posted by 焙煎師TIPO at 10:57| 映画

2007年06月15日

解体せよ!

映画『大日本人』『監督・ばんざい!』に共通することは

   映画の解体と再生

です。まさしくお笑いという非映画人による映画に対する同時多発テロです。(もっとも北野武は監督作品数を考えると十分に映画屋でしょうけどね)。

両者ネタがかぶり、同時期公開ということもあり、どうしても比較されます。ここは両方セットで映画館の梯子するのが正しい楽しみ方でしょう。

映画におけるジャンル主義を確信犯的に茶化し、解体、そして砕け散ったシネマの断片から何かの再生を意図しているのですが、未遂に終わっている点も共通しています。もっとも、端から再生の意図は無く、やりっ放しもまた確信犯的な所作かも知れません。

     果たしてこれは映画なのか?

この答え次第で評価が賛否に分離されます。メディア形態はフィルムであり、劇場にて鑑賞することを強いる、お茶の間でチャンネルをプッシュするだけでは観れません。その点をいえば映画なんですけどね、その一手間の価値を感じるか、否かが問題です。


結論だけをいえば、「困ったもんだ。でもまぁ、しゃあないか」という気持ちだけが残りました。「金返せ!」と激昂することも「DVDでもう一回観たい!」と歓喜することもありません。まさしく「仕方がない」のです。世の中には「仕方がない」ことだらけです。

そして学んだこと。それは、

     解体せよ!

という破壊衝動の必要性。それは事業においても人生においても自己表現においても同様。

さあ、TIPOGRAFIAもそろそろ解体しましょか!?
もちろんこれまでのコーヒーにも同様に解体と再生を謹んでお送ります。

“ESTABLISHED IN 2005”のコーヒー屋にはまだ守るべき伝統も確執もありません。ESTABLISHの意味である「設立する」「(人を)落ち着かせる」「確固たるものとする(確立する)」「確証する」をESTABLISHするまではひたすら解体と再生を繰り返します。万国の珈琲屋よ!解体せよ!自らの概念を破壊し再生するのだ!

……ということで近日中にメニューをリニュアルします。開店以来の大きな変更です。詳細は後日広報いたします。
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2007年06月06日

ザ・シューター 極大射程

公開中の映画『ザ・シューター 極大射程』です。

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ありゃま、ご都合主義的な脚本で細部は気にせずノリ一発で撮ちゃったね。

愛国心と正義感に燃える熱い主人公が自分の目的(国家的陰謀および愛犬を殺された復讐)の為に一切の悔悛も無く、片っ端から殺しまくる映画です。

オリジナルのスワッガー(主人公の親子ニ代に渡る狙撃手の名前)シリーズは血沸き肉踊る傑作です。でも原作はこんなにも無茶苦茶だっただろうか?不要な記憶を次々と消し去っていく合理主義(ご都合主義ともいう)の店主には記憶がありません。

主人公は警察官から特殊部隊から軍人、政府高官までいったい何人殺したのでしょうか?その数はアフリカの資源確保のための破壊工作で殺した村人以上では?確かに出てくる政府関係者は極悪人ばかり。でも正義という名の暴力ほど性質の悪いものはありません。

プロットは適当でも、銃器描写はリアル。ガンマニアは堪らない執拗な描写です。男はいくつになっても幼児の拳銃ごっこが大好きでエロシーンと同様、いくつになってもじゅるじゅると涎が出ます。多分、粒子の荒めの画質や主人公を助ける戦友の未亡人が映画『CANDY』のヒロインぽい、楊枝をくわえたいかれたガンマンのような側近など、70年代アメリカ映画の質感を意識している感じ。まさしく気分はテレビの洋画劇場ですね。最後まで観せてもらえなかった幼いあの頃の感触です。

確かに無茶苦茶茶だけど、同時にいかにもアメリカ的な映画です。アメリカも同様に自国の抱く勝手な正義の名の下に破壊と殺戮を徹底する国です。ま、娯楽作品だから、いいか?
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2007年05月22日

主人公は僕だった


『主人公は僕だった』はかなりいい映画です。

しかし、もし自分が配給会社の営業マンであれば、いい作品だけど、どう売っていいのか見当も付きません。海賊だの、魔法学校だのは、どうしようも無いけどわかりやすく売りやすい商品です。主演のウイル・フェレルは日本では一般的には無名でもっそりした顔で目を惹く男前でもありません。さらには脇を固める名優ダスティン・ホフマンとエマ・トンプソンもうまいんだけど、いささか地味。虚構と現実の重なるメタフィクションなテーマといい、一般的にはアピールしにくいでしょう。こんなにいい作品なのに売るにはハードルが高く、多分結果大コケで、映画興行の難しさを痛感すること必至。良質な映画が埋もれ、大量の宣伝費をかけた分かりやすい映画やTVドラマとのタイアップ邦画作品しか売れない世の中です。世知が無いないものです。

原題は『STRANGER THAN FICTION』。小説を執筆する作家と現実の人物の交錯を描きます。先の読めない脚本を適役な役者の上手すぎる演技が支え、しっかり中身の詰まって、メタフィクション好きには堪りません。好きで好きでこのまんま上映時間が終って欲しくなかった2時間でした。

繰り返します。
『主人公は僕だった』はいい映画です。
posted by 焙煎師TIPO at 13:29| 映画

2007年05月15日

スモーキン・エース

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  「これはロックンロールではない。大量虐殺だ」
        〜DAVID BOWIE『DIAMOND DOG』

  「混乱こそ私の墓碑銘 Confusion will be my epitaph」
        〜KING CRIMSON『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』


公開中の映画『スモーキン・エース』です。

人がボコボコと死にすぎ。

 ………まるで大量虐殺か?

プロットが大風呂敷を拡げ放しで、とっちらかって整理付かず。

 ………おまえの墓碑銘は混乱か?

では嫌いかといえば、実は大好き!いかにもタランティーノが好みそうなB級の臭いがプンプンのバイオレンスアクションです。マフィア界の大物ボスを怒らせたマジシャンの消すために集められた殺し屋が揃いも揃っておかしい。スキンヘッドのネオナチの狂った3兄弟、クールな黒人女性コンビ(アリシア・キーズが美味しいとこ取り!)、サディスティックな顔なき男など、箍が外れた連中ばかり。さらにはマフィアとFBIと三つ巴でプロットを混乱させ、結局のオチが不明な大雑把な演出です。

物語は細部に宿るという言葉がありますが、銃撃戦や本編と無関係な会話などディティールの執拗な描写は見事。これもタランティー以降の映画の特徴です。ジョー・カーナハン監督の前作『NARC』もいささかプロット破綻気味の傾向がありましたが、これも結構好きな映画。

そして絶対にこけます。すぐに上映終了になること間違いなしの傑作です。
posted by 焙煎師TIPO at 12:27| 映画

2007年04月04日

PARIS JE T'AIM

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映画ネタ続きで公開中の『PARIS JE T'AIM』。

18人の監督が綴る5分間のパリの物語です。スクリーンの前で2時間を過ごした後、きっとパリに行きたくなるはずです。フレンチコンプレックス(おフランス至上主義)は未だ完治せず、麗しきフランス映画の香りを嗅ぐと、血が騒ぎます。ラブストーリーからホラー、社会派ドラマまでジャンルレスの一発ネタ連発です。まさに短編映画の醍醐味。ワールドワイドな監督セレクトですが、パリへのいろいろな屈折した思いが面白い。いやあ、フランス行きたい!
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2007年03月06日

パフューム

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映画『パフューム』です。
147分の長尺ですがワンテーマで一気に観せまくるのは監督トム・ティクヴァの力量でしょう。一言でいえば異常に鋭い嗅覚を持った変態のオブセッションのお話であり、陰鬱で救いは薄く、プロモーションではいかにもアートな人々のコメントを併記した“オシャレ映画”な売り方をしていますが間違いなくこけます。でも監督への贔屓もあり、奨めないけど憎めない映画です。

ベン・ウイショーの独り芝居をアラン・リックマン、ダスティン・ホフマンなどの名優が支え、荒唐無稽な物語を極めて映画的な大嘘としてリアルに魅せます。汚く臭いパリの町並みの再現も見事。しかしなぜ中世フランスの物語なのに英語をしゃべるのか?ワールドワイドな興行を考慮すれば、言語のリアリティなど必要ないのですが、この点だけが違和感があり、乗り切れない!そして、この監督はローラという名の赤毛の女に何か執着があるのだろうか?

さて印象的だったのは香水の製法に関する台詞。

「音楽に和音があるように、香水にも“和音”があり、慎重に選ばれた4つの“香料(エッセンス)=音符”がハーモニーを生みだす。香水は“頭(ヘッド)”“心(ハート)”“土台(ベース)”の3つの“和音”からなるので、全部で12の“音符”が必要だ」

まさしくコーヒーにおけるブレンドの極意にも通じのではないか?味わいのベースとなる豆に、メインに打ち出すヘッドを乗せ、隠し味としてハートを添えるのが基本です。具体例を示すと、密かに第六世代のエスプレッソブレンド(配合は毎回変えながらも進化を続けている#2222)では、ベースとしてブラジル2種類(ナチュラル製法のスタンダード豆とウォシュドのムンドノーヴォ種)、コクをつくるヘッドとしてタンザニア、ケニア、グアテマラの3種、そして最後に隠し味のハートとしてエチオピアモカをプラスします。計6種類の豆の奏でるハーモニー。成る程、この台詞は含蓄に満ちていて、こりゃ勉強になるわ、と観ながら思わず感心していました。早速、コーヒーでも実践じゃ!
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2007年02月16日

Oi ビシクレッタ

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ブラジル映画『Oi ビシクレッタ』が九条シネヌーヴォで2月24日より公開されます。やっと関西にもきましたね。最近、なぜか毎週九条に通っている店主ですがこれは行くべきですね。北部からリオまで3200キロの距離を自転車で横断したと言う無茶な家族の実話だそうです。予告編によるとママチャリに毛が生えた程度の自転車で東京〜大阪を3往復?恐ろしい。興味のある方はチラシが店にあります。
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2007年02月14日

カタルシスを封印して

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周防正行監督『それでもボクはやってない』はあえて得意とする映画的なストーリーテリングを意図的に避け、カタルシスを封印した映画です。

『ファンシイダン』『シコふんじゃった。』『Shall We ダンス?』などすべての周防作品は物語を後半へで収束させ、すべてを解放する快感が特徴です。物語の中で主人公は変化し、最後に何かを成し遂げます。観客は主人公の思いに自己投影して、共にカタルシスを味わいます。コレがこの映画では見事に封印してあります。

同時にアメリカ映画の法廷モノの定石である正義の勝利も同様です。いかにもアメリカ的なジャスティス(正義)に基づいた「弱者が権力に勝利する」「正義が不正に勝利する」「マイノリティがマジョリティに勝利する」といった構造が希薄です。例えば『十二人の怒れる男』の論理的カタルシス!でもこの映画にはそもそも正義や不正はもちろん、裁判の論点となる犯罪行為すら存在しないという混乱具合。なんとも複雑かつ現実的な状況です。

周防監督はあくまでも映画的手法を避け、日本の裁判あの現状を伝えようとします。観客は知らなかった現実にひたすら当惑し、ひたすら落ち込みます。確かに救いのない2時間半の長尺は疲弊感のみを残しますが、これもまた現実。映画というメディアの伝えるべきことでもあります。

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2007年02月13日

愛されるために、ここにいる

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フランス版『Shall we dance?』と噂される映画『愛されるために、ここいにいる』です。オトナの男と女の静かな情感を官能的なタンゴの調べで描く、最近少なくなったいかにもフランスらしいフランス映画。渋い役者の巧みな演技で、最小限の台詞と説明で含蓄のある人生の一場面を切り取ります。

一言で言ってしまえばオトナ男性の妄想を具現化したような映画です。老いらくの恋というのでしょうか?仕事と人生に疲れた初老の男性が誠に都合よく若いおねえちゃん(といっても少々年食っていますけど……30代?)と棚ボタで出会い官能的なタンゴのダンスを通じて心を通わせあう……という出来すぎた話。一歩間違うと、通俗的な生臭い話ですがフランス語のぼわぼわぼわ〜という語感でなんとなく納得するから不思議!さすがに自分はまだ主人公に感情移入するには青すぎるけど義父は絶賛したというオトナのためのファンタジーです。

フランス映画が大好きです。特に極めて個人的などうでもいいようなジュテーム至上主義のラブストリーとヌーヴェルヴァーグの青臭さが好み。かつてフランス映画とフランスのすべてを愛し、フランス語の通信教育まで挑戦しましたが、カセットテープの第1巻「♪ボンジュ〜ル」で終わりました。ちなみにポルトガル語もいまだに「ムイトオブリガード!」しか知りません。

いつのまにかオトナのフランス映画の公開が少なくなりました。フランス映画熱の衰退と店主のフランス熱の平常化はほぼ同時かな。

菊池成孔氏によると

 ヌーヴェルヴァーグの永遠の瑞々しさは
 「プロだったらやらないこと」を堂々と、主に恋によってやってしまうこと


だそうです。なんとなくわかるなぁ。愛のない仕事(商品)は悲しいものです。いつでも人の基本衝動は「愛」なんですね。人はいくつになっても、瑞々しく恋をしていたいのです。恋は盲目であり、その青臭い感性には素直に憧れます。青臭いアマチュア的な愛に満ちたプロフェショナリズムは店主の行動規範です。ちなみにこの映画の主人公も引き継いだ仕事を倦み、毎日に疲れきっていた頃に女性と出会います。
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2007年01月25日

スキャナー・ダークリー

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実写なのかアニメなのかクラクラする質感を持つ映像で潜入捜査官が自分自身を監視するというパラノイアックなP.K.ディックの原作を直球映像化。権力側として監視する自分と監視されるドラッグでヘロヘロの潜入している自分が徐々に混乱して、現実崩壊していきます。舞台となる数年後の未来世界は決して車が空を舞ったり、独裁者が支配している世界でもなく、現在とさほど変わりない街です。そこにいかにもありそうな物質D(新型ドラッグ)とありそうもないスクランブルスーツ(姿をカモフラージュする全身覆面)を対比的なガジェットとして定義し、物語を作ります(これはディックの常套手段)。混乱の末のオチ、ラストに流れる献辞も含めて、ほぼストレートに原作を映画化している故に、ディックの悲しいまでの脅迫概念を理解し共感するか、なんじゃそれは!と無視するかが評価の分かれるところでしょうね。決して嫌いではないけど、決して隣人には薦めないかな?

posted by 焙煎師TIPO at 11:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画

2007年01月22日

マリー・アントワネット

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映画は確かに監督の妄想の具現化という側面を持っています。脳内に沸き起こる衝動をイメージ化し、観客と共有する(悪く言えば押し付ける)という行為です。まさにこの映画はソフィア・コッポラの妄想そのもの!実在のマリー・アントワネットを巡るフランス革命前夜の歴史的背景には全く興味なし、ひたすらガーリーな日常のディティールをまったり描く箱庭の様な映画です。歴史的背景は伝令の台詞で片付けられ、ベルサイユの外の世界は全く関心なし。ソフィア・コッポラはキルスティン・ダンストに自己投影し陶酔している感性に観客は乗るか、反るかのいづれかを迫られます。あなたはどうします?
posted by 焙煎師TIPO at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2007年01月15日

あるいは裏切りという名の犬

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いきなりタイトルで惚れた男臭いフィルムノワール!
久々にフランス映画らしい意味深な意訳邦題が粋を感じさせます。ダニエル・オートゥイユとジェラール・ドパルデューがどこまでも熱く自分勝手な男を演じます。スクリーン一杯の紫煙越しに男のどうしようもない悲しさと馬鹿さ加減が漂います。ちなみに極めてスクリーン喫煙率の高い映画です。テレビや映画でタバコを吸うのは異常者かヨーロッパ人と揶揄したアメリカ映画の台詞がありましたが、さすがはフランス映画!プカプカとくわえ煙草(当然目を細めながら、唇の端!)爆発です。

2時間を切る尺でありながら、一切無駄がなく切り詰められたプロットはかなり濃厚。主人公の2人の間にあずはずの確執も現在の事件の説明も多くは語られない「省く」美学が徹底されています。やはりフランス映画は醍醐味はアムールとノワールです。見事です!

ちなみにジョージ・クルーニー&ロバート・デ・ニーロでハリウッドリメイクが決定しているそうです。期待したい反面、いやな予感がします。避けたい改変としては………
 
  @火薬増量
   意味なしアクションシーンの水増し
   火薬量すなわち興行(企業)努力と考えるアメリカ人的勘違い

  A説明強化
   物語の行動と説明を強化する一見合理的改変
   その実態は行間の情感を読むことを無視した過剰説明
   当然2時間の映画は回想シーンをたっぷり盛り込み2時間半となる
     
てな感じです。どうかアメリカ的過剰装飾砂糖ギラギラ菓子の様な映画にならぬよう祈ります。しかし『ディパーテッド』といいネタ切れハリウッドの断末魔の叫びか?果たしてアメリカにおいて映画というメディアの新たなる物語はもはや語りつくされたのか?
posted by 焙煎師TIPO at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画

2007年01月13日

ディパーテッド

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映画『ディパーテッド』を試写会でフライング鑑賞。

香港映画『インファナル・アフェア』に旦那よりも深い愛情を抱く連れ合いと違って、期待はしながらも、割りにフラットに鑑賞。そして結果はかなり微妙。比較的オリジナルに忠実なこのリメイクも悪くは無いのですが、やはり2時間を切る尺で綺麗に無駄なくまとめた香港の勝ちかな?個別認識不能な猿顔役者続出、ボストン動物園の猿山でロケしたのか?というキャスティングが評価の分かれるところでしょうね。ノリノリのジャック・ニコルソンは相変わらずうまいし、ディカプリオもそれなりに頑張っています。でも全く切れ者に見えないジミー大西(マット・デイモン)を何とかしろ!さらには『地獄の黙示録』の面影も無いマーチン・シーンと同じくアレック・ボールドウインの壊れ具合が……。潜入捜査官と潜入マフィアのサスペンスフルな駆け引きのはずが、その連絡をすべて、公共を飛び交い、傍受可能な普通の携帯を介するのはかなり間抜けな感じ。高校生や無いちゅうねん!

果たして、スコセッシとディカプリオはまたまたアカデミー賞から無視されるのか?微妙な感じです。

余談。同じ潜入捜査官モノの『スキャナー・ダークリー』に期待!果たしてぐちゃぐちゃどろどろのディックワールドがどのように展開されるのか?
posted by 焙煎師TIPO at 10:52| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画

2007年01月12日

ダーウインの悪夢

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ドキュメンタリー映画『ダーウインの悪夢』です。

映画であれ、活字であれ、世の人はフィクション派とノンフィクション派に大きく2つに分けられます。それは興味の対象が絵空事である人と現実である人です。私は圧倒的に前者で荒唐無稽であればあるほどはまります。活字でもノンフィクションものは避け、小説に走ります。今回の映画はタンザニアのドキュメンタリーであり、まぎれもないノンフィクションのはずです。そこで疑問です。ドキュメンタリー映画は果たして現実(リアル)なのか?スクリーンに映し出されている映像は現実なのか?

映画(MOTION PICTURE)の持つ特性として、フィルムなりヴィデオなりに記録された映像はそれ自体が記号化します。正規の時間軸から切り取られた断片は決してリアルでなく単なる映像情報として存在します。例え生中継を編集なしでリアルでそのまま垂れ流した場合であっても、現実が映像情報として変換され、モニターされた時点で虚構性をおびてきます。それはモニター越しの戦争がリアルに感じされないのと同じです。

ドキュメンタリー映画とは現実(人物、空間、事件など)を見つめ、何かしらのメッセージを伝えるメディアと仮定するならば、究極的な方法論は2つしかありません。

 @編集(モンタージュ、ナレーション、音楽、音響効果など技術・技法)
 
 Aやらせ(架空の現実をフェイクで映像化する)


これらのテクニックを使用しないドキュメンタリーは存在しません。
記録された映像ソースを監督のプロパガンダのために切り刻み意図的につなぎ合せ、ナレーションや音楽を乗せて編集。これはレトリック以外の何物でもありません。また当事者へのインタビューなどカメラを向ける行為自体、恣意的な誘導尋問であり、穏便なやらせの無いドキュメンタリーは存在しません。

実際、マイケル・ムーアの『華氏911』などを観ているとブッシュとの泥試合よりも、技術としての編集技術を痛感します。まさにプロパガンダです。

さて、本題。
映画は半世紀ほど前ナイルパーチがタンザニアヴィクトリア湖に放たれたことに発する事実です。在来種を絶滅させ、爆発的に繁殖したナイルパーチはヨーロッパや日本に白身魚として輸出され周辺の産業と化します。でも結果、豊かさは訪れず、貧富の差が拡がり、貧困、売春、HIV、ドラッグ、ストリートチルドレンと絵に書いたような悪夢が展開されます。そもそも肝心の魚は食糧でなく、輸出用に加工され、地元民は屑をから揚げにして食べる始末。さらにはプラスティック容器を燃やし発生したガスを路上生活する子供たちが現実を忘れるため吸引します。これでもか、これでもかとつらい現実を突きつけ、何の解決も結論もなく唐突に終わる、まさに悪夢のような映画です。ここで疑問です。いったい誰(何)が悪いのか?ナイルパーチ?そもそも種としてダーウインの唱えた弱肉強食・適者生存に従ったまでで、敵役として攻めるのはお門違い。ではナイルパーチを放った人間(誰!)?それともお決まりの先進国と発展途上国の経済的格差?もう、どうでもええちゅうねん。回答はありません。

一応、コーヒー屋として忘れてはならないのは、タンザニアはコーヒーの産地でもあります。コーヒーというの農作物もまた世界的な搾取するものと搾取されるものの図式で成り立っている事実。豊かな日本で飲んでいるコーヒーを作り出しているのは間違いなく第三世界の人々の汗です。そのことは決して忘れてはなりません。
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2006年12月27日

2006年の映画たち

今年も数日を残すのみとなりましたので、今年の映画たちのお話です。映画は原則、劇場で観るのが基本なので、本数は映画館訪問回数とイコールとなります。結果、なんとか80本程度。久しぶりに100を切りました。まあ、よく観ている方でしょうけど、やむなく見逃した作品も多く悔いの多い年でした。大番狂わせが無い限りベストは間違いなく……

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クラッシュ』です!演出、脚本、役者とも文句なしの傑作です。

でも悲しいけど、これ以外、多く続かないんですよね。
順不同ですが、また観かえしたい映画たちです。

カチンコかもめ食堂』ゆるゆる感はカフェ好き必見

カチンコナイロビの蜂』悲しいけどいい映画

カチンコ美しい人』構成のうまさ、そして女性万歳

カチンコストロベリーショートケイクス』痛いけど密かに好き

カチンコ美しい運命の傷痕』現在の連れ合いとの初めての映画

カチンコトウモローワールド』未来は暗く重いけどかすかな希望の火が

記憶が曖昧な店主はすでに詳細を忘れきっている映画も多く、記録(鑑賞日記)から繰り出しました。再鑑賞にも新鮮な気分で望めます。

……ということで今年の映画もいよいよおしまい。どうか皆様の映画人生に幸あるように!
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2006年11月23日

ポール・ハギス

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やはりポール・ハギス恐るべし!
クラッシュ』でアカデミー最優秀脚本賞を受賞後、再び『ミリオンダラーベイビー』のクリント・イースドウッドとタグを組んだのが『父親たちの星条旗』。近日公開の『硫黄島からの手紙』と対をなす映画です。“戦争終わって僕らは生まれた〜”という世代ですので、この島で起こった事を全くといってもよい程知りません。その点でも戦争のひとつのシーンを戦っている両サイド(アメリカと日本)から2本の作品で描くことは斬新に感じます。多くの戦争映画は善悪(味方と敵)の二元論であり、一方の視点(基本的には正義であるはずの自国のもの)を貫きます。現時点ではアメリカ篇しか観ていないのですが、この映画では徹底してアメリカの視点を固定し、強迫観念に迫られたかのようにストイックに日本の視点を廃しています。機銃を操る手先とか、暗闇(人物は真っ黒けで当然判読不能)で奇襲をかけ銃剣で刺し殺されるとかしか、具体的主観として画面には登場しません。確かにこの構成によって二部作連続公開が意味をなします。多分『硫黄島からの手紙』で日本人の視点が補完され、両方の映画を通して初めてひとつの事象の多重な側面が浮き上がってくるはずです。このアイディアがイーストウッドによるものなのか、ポール・ハギスによるものなのかは不明ですが、恐るべし!

脚本の構成も相変わらず見事。基本的には戦争というシチュエーションを巡る群像劇です。複数の人物の現在と2つの過去(戦闘シーンとその後)が交錯していきます。やはり、このおっさん性格悪いけど本当に切れ者です!次回作は『カジノロワイヤル』。こちらも期待大!
posted by 焙煎師TIPO at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画