2006年06月20日

おいしいコーヒー

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島根のお土産です。
CAFE ROSSO のコーヒー豆を買ってきました。
ケニア、ブラジル(セラード)、モカイルガチェフの3種類です。

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早速、ケニアをお客様の合間に自分のために円錐フィルターで抽出してみました。大好きなケニアですが、やはりTIPOGRAFIA製と味わいが異なります。当然のことではありますが、焙煎者の解釈、方法でものの見事に味わいがことなります。確かに違ったおいしさです。ちなみに門脇氏(CAFFEE VITA)いわく「兄貴と僕では好みの味わいが違うので、同じカプチーノでも味がことなります」とのこと。確かに見事に違いました。

コーヒー(すなわちカップの液体)の味わいを決定するのは、素材(生豆自体の質)か?焙煎か?抽出か?という議論はしばしばなされています。でもそんなハードコアかつ不毛な議論はどうでもいいことです。生豆選定、焙煎、粉砕、抽出と複雑な過程を経ても最終的なカップがおいしいかどうかという一点に付きます。おいしいコーヒーという言葉はいささか語弊があるかも知れません。きっと自分の好きなコーヒーという言い方が正しいのでしょう。十人いれば十通りの好きなコーヒー(おいしいコーヒー)が存在します。嗜好品の常として、どこまでも主観的な世界であり、絶対客観基準はありません。自分好みのカップに出逢えた時はこの上なく幸せです。多くのコーヒー好きはこの小さな幸せのために、何軒もの店を訪れ、何杯もののコーヒーを注文します。この同業者のコーヒー、もうひとつのアフリカの叫びを素直に楽しみたいものです。さあ、もう一口いただきます。その後にはきっと素敵な出会いが待ってるはずです。
posted by 焙煎師TIPO at 13:08| Comment(2) | TrackBack(0) | コーヒー
この記事へのコメント
 嗜好品の本質とはTIPPOさんのおっしゃるとおりですね。でも、そこへたどり着くまでに何軒もの店を訪ねているうちに素直さを忘れてしまうのかも知れないですね。知識と経験がフィルターを目詰まりさせてしまうときもあるのでしょう。僕の好きな珈琲にまつわる話を一つ。昔、欧州の王様が東方のお客を晩餐でもてなした後珈琲を出しました。客人は飲み方が分からず、ソーサに珈琲をあけて飲んだそうです。周りの貴族が、「田舎者」とそしる声でざわついたとき、王様はお客様と同じように、ソーサに珈琲を入れて飲んだそうです。もちろん回りの貴族たちもあわてて同じように飲んだとか。もてなしの心と、知識とちっぽけな常識に拘泥する愚さを教えてくれる話ですね。ではまた。
Posted by 医龍ファン at 2006年06月21日 22:39
コメントありがとうございます。「こだわるけど執着しない」姿勢こそ趣味のあるべき姿です。いつまでも、初心で純粋に一杯のコーヒーを楽しみましょう!
Posted by TIPO at 2006年06月22日 08:03
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