TIPOGRAFIAの開店前(時間だけが十分にあった頃)、いろいろなカフェをリサーチシート片手に巡っていました。席数やインテリア、客数、手店員数、価格、BGM、トイレなどなどの項目を独り書き物をするふりをしながらこそこそとシートに記入していました。それは京都の川沿いのあるカフェでのことです。
2月末のまだまだ寒さの残る季節でした。平日の12時という半端な時間に独りカウンターの見える窓際の席に座ってケーキとコーヒーを前にしていました。ウイークデーの昼前ということもありお客様も2、3人のみで喧騒はなくひたすらゆるゆるした空気が漂っています。
やがて近所の常連らしい隙なく和服を着こなした年配の女性が来店しました。店員とも知った顔らしく挨拶を交わし、入り口側の席につきました。
彼女はメニューも見ずに、
「あのあわあわのコーヒーくれへんか」
と柔らかい京都弁で。店員も笑顔でうなずきカプチーノを作成し始め、何てことない世間話を続けてました。話の流れから察すると、どうやらオーナーらしき女性が近々30歳の誕生日を迎えるようです。
「もうそんなになるんか、見えへんな。この店何年経ったっけ?」
「住んで6年、店を開けて4年になります」
「そうか。初めてきた時、あんたそこでご主人と網戸を洗ってたなぁ」
コミュニケーションはパーフェクトに“あうん”です。ここでひとつの町で商売しているカフェのあるべき姿を見たような気がしました。カフェはその町で根付き、人と一緒に成長していきます。いいカフェンにはいいお客様がいます。カフェは非日常的な晴の場であると同時に日常的な自分の家の居間の続きでもあります。世界は事象の対極として存在するのではなく、混然一体として存在するのです。この映画のような会話劇を楽しみ、将来自分の店はこの空気を提供できる場でありたいと考えました。もちろんこれがどれほど難しいことであるかは実際に開店して初めて認識いたしました。この話に別に教訓はありません。開店までの店主の単なる思い出話です。
2006年03月07日
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