2007年04月18日

残り香

数あるコーヒーの香りで最も人を切なくさせるのはカップのコーヒー残り香………。

煎りたての豆のアジテーションの様な香り、豆を挽く時の勇ましい男臭い香りも捨てがたいのですが、やはり忘れられないのはカップに残った僅かな液(もはやカップの染みに過ぎない)が発する静かな香りです。

さあ、お手元のカップに鼻を近づけてご覧下さい。甘く静かに漂う香りと対峙していると不思議な切ない思いがこみ上げてくるはずです。それは失われてしまったコーヒーへの追憶という感傷的な香りです。コーヒーと共に過ごした時間を思い起こし、口内の甘い味わいが蘇り、それはもはや帰ってこないが故により一層甘く感じられます。不思議なもので良質なコーヒーほど、この香りは甘く切なく漂います。

   そうこんなシーンが脳裏をよぎります。

深夜過ぎの野郎ばかりの裏寂れたBAR。喧騒を破る扉の音。突然店内に突然舞い込んだ一人の粋な女。“ファムファタール”が空間と時を惑わせる。場末の男たちの無言の困惑。そして張り詰めた緊張感の後、突然去って行く女。残されたのは微かな女の香りと男たちの感傷のみ。それはあたかもコーヒーカップにに残された香りのように。LPのボブ・ディランのしわがれ声が「コーヒーをもう一杯 One more cup of coffee」を唄う。

愚者は過去への感傷に浸り、未来への淡い夢に耽ると非難されようと、残り香へのセンチメントは儚くも堪らないものです。


posted by 焙煎師TIPO at 12:01| コーヒー