2006年02月17日

gifted

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こんなに好きなのに、なぜ音の神は与えてくれなかったの?
音楽が本当に好きです。でもできること純粋に聴く事のみ。論理的な分析はもとより演奏することも、歌うこともできません。これは天性のgifted(才能とか神様からの授かりもの)の有無の問題です。
昔からそうです。歌を歌うと音程は意味のない記号と化し、不協和音のカオスが拡がります。ポストモダンなパンクバンドのノイズギターの方がいくらか美しい音です。手拍子は無意識に途中から人より勝手に1拍位ずれていきます(リズムは存在しません)。楽譜を見ると前衛芸術の様な記号に見え、すぐに気持ち悪くなります。そこには絶対不音感ともいうべき天性の外しが染み付いています。時々なぜこんなに愛しているのに愛してくれないの!と神を呪います。楽器を弾ける人を嫉妬します。自分の唄を歌える人に嫉妬します。悲しいね。

でも決してへこたれないのが人生です。愛されないのなら愛されるように努力します。ということで恐怖の「いらんもの買うてもうた」シリーズ第一弾パンデイロ カメラ です。何で自家焙煎コーヒー店にパンデイロが必要なのか?それは神のみぞ知ることです。昨年東京で参加したマルコス・スザーノのワークショップではポルトガル語でボコボコニされました(あ、彼はすごく丁寧に教えてくれます。無能なのはこちらでボコボコは言葉のあやです。)全く才能はないですが、仕方がないので努力しましょう。パンデイロを叩きながら華麗に!アフロに!焙煎する姿を夢見ます。このビジョンはブラジルの原始的なルーツを感じプリミティブでいいと思いませんか?さらに第一弾ということは?現在神をも恐れないプランを計画中!
posted by 焙煎師TIPO at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | musica
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