2006年10月16日

ZC1000

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映画『虹の女神 Rainbow Song』は紛れも無いZC1000の映画です。

それはフジカ社製(ビデオじゃない)8ミリカメラの機種番号であり、8ミリカメラの最高峰であり20年前ですら二十数万円した究極の機械です。この符号はある種の人にとっては大きな意味を持つものです。制作の岩井俊二、監督の熊澤尚人を始めとして過去に自主制作映画にかかわった人たちにとってどこまでも青く、懐かしく、甘く同時に苦い符号です。劇中でも機種番号をあからさまにクローズアップで映し出すシーンが!おお、何というストレートな!

すべての過去は恥ずかしいものである。
私が常々唱えている持論です。過去は恥ずかしく苦々しいものです。そして過去が羞恥の対象となる限り、人は少しづつであっても前へと変化していることの証となります。特に人生で最も青い頃の記憶ほど恥ずかしいものはありません。

久しぶりにZC1000の御姿をみました。劇内でも大人になった自主映画くずれが歓喜するシーンがあります。そのまんまの気持ちです。そしてその姿に伴う記憶は「青」以外の何者でもありません。そう、大学生だったの記憶です。甘く切なく懐かいと同時にとてつもなく恥ずかしく思い出です。回想シーンは波動となって記憶をせめぎます。おおお、エディターよ!スプラサーよ!(共にフィルム編集機材)。もはや冷静にこの映画は観れません。自らの思い出とスクリーンの虚像がぐちゃぐちゃになって虚実入り混じってしまいます。でもでも冷静に客観視してみれば、一般の観客はこの映画をどう感じるんでしょうね。

まさしく青春の青い空気を体現する役者がいます。(残念ながら賞味期限付きの期間限定ですが)全身青臭いに臭いに満ちた存在感で老いも若きも観るものを打ちのめします。例えば少し前の妻夫木聡でありガエル・ガルシア・ベルナール。現在、ジャンルレスで引っ張りだこの上野樹里はまさしくそんな存在です。青臭いお話が彼女ほど似合う女優はいないのでは?確かにいたね、こんな女の子!と思わせる存在感です。

デティールにどこまでも個人的思いが先走ってますね。でも原作の桜井亜美、インスパイヤーされたという種とも子の主題歌は全く興味なし。そんな映画です。
posted by 焙煎師TIPO at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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