2007年04月23日

REMIX、再び

先日ブログでも紹介した島村菜津『バール、コーヒー、イタリア人』の一節です。

コーヒーを一粒も作っていないこの国が、コーヒー大国と呼ばれている大きな理由は、高い気圧を使う特殊なマシーンだけでなく、その独自の発展を遂げたブレンドと焙煎の文化による。コーヒー原産地でしばしばおいしいコーヒーにありつけないのは、ブレンド文化が発達しなかったせいだ、と言う人もいる。

イタリアのコーヒー文化を評して、著者の私見なのか、伝聞なのかはともかく、後半の文面で目から鱗が落ちました。なるほど!以前にもブレンドに関して考察していましたが、この言葉で自分の進むべき道に光が差しこんだ気がします。

TIPOGRAFIAの偏屈なおやじは、いつもこのブログで念仏の様に唱えています。

 「素材自慢の寿司屋とコーヒー屋は信用できない!」

これは紛れもない真実です。

自分はコーヒー豆のバイヤーになりたいのではなく、コーヒーを提供する一料理人を目指します。素材(豆)の自慢よりも、調理(コーヒー豆の焙煎とブレンド)に魂を注ぎ込みます。断固として、素材至上主義者(単品主義)へ背を向けます。これって、ブランド好きと同じものを感じます。HPで産地で生産者と撮った写真を掲載するのはいったい?????なんか地方からお江戸に出てきて、皇居の前で記念撮影する恥ずかしさに近いものを感じます。もちろん素材はなんでも良いということではありません。適切な味わいの為には良質な素材が必要です。味わいのための素材なのか?素材のための味わいなのか?その答えは一目瞭然です。素材の選択はブレンドの第一となります。最終的には提供された1杯のカップにこそ真実があります。

確かにブラジルの現地のコーヒーは不味く、ブレンド文化のイタリアのコーヒーにハズレはなかったのは事実です。世界からイタリアのコーヒーに適した豆を買い集め、ブレンドの配合数(種類)を義務付ける国です。ここに素材至上主義者の末路を見る気がします。昨今のブームであるスペシャルティコーヒー至上主義も同様です。

さらに最近気が付いたこと。それはお客様のよくある注文
 
 「ホットちょうだい!」

 「うちアメリカンでええわ」


の背景に隠されたもの。
当然メニューにないオーダーを受ける訳ですから、お店としては複雑な気持ちです。しかしこのシンプルなオーダーこそ、お客様の真実の声です。たかが「ホット」「アメリカン」ですが、味わった本人を「あれ?」と唸らせる様なブレンドコーヒー、「これなら、もう一度味わってみたい!」と思わせるような味わいが理想ではないでしょうか?そこには豆の産地も等級も農園も品種もコンテストとも無縁のカップの真実です。コンテスト入賞という先入観でおいしいと感じるのではなく、純粋に液体をおいしいからおいしいと感じるのです。全く侮れないオーダーです。

ブレンドを究極まで突き詰め、お客様様を唸らせる「ホット」「アメリカン」を提供する。これこそTIPOGRAFIAの進むべき途です。
posted by 焙煎師TIPO at 10:00| コーヒー