2007年04月22日

女は女である

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世界には無数の音楽が存在します。
でも確かになのは、人が一生涯に出会える数はほんの僅かであること。一個人の限られた時間と資本をどこに集中させるかの判断が必要になります。それは特定の分野やアーティストへのフォーカシング……。

さて最近のマイブーム(ベタな言い回しだ)は“女声”です。手間と時間と金を、文字通り女性ヴォーカルに絞り込んでいます。自分なりの定義としては………

(1)心地よい女性の声を携えている
(2)ジャンルはジャズをベースに世界に拡がる音(国籍不問)
(3)アコースティックな音(基本的には肉声と楽器のみ)
(4)コンテンポラリーなアーティスト(原則、現在を舞台とする)
(5)メジャー、マイナー問わず(特に無名の掘り出しモノに重点)
(6)ジャケットはアーティスト顔の(美しい)顔写真であることが好ましい



となっています。単なる女性ジャズヴォーカルの広義解釈ですが、肝心なのは音の触感ともいうべき空気感です。シャウトよりウィスパー主体、唄の上手下手よりも、声と楽器の絡み(アレンジ)、オリジナルよりジャズやブラジルのスタンダード解釈を楽しみます。眉に皺を寄せて聴き入る音というより、ゆるゆると食事やコーヒーと一緒に楽しむ音です。勝手に“女は女である”なディスク(意味不明?)と定義しています。まあ(6)は個人的趣味、全くの蛇足ですけど。

これが全くの個人的志向なのかも知れませんが、同時に何かしらのムーブメントが動き出す様な予感もします。もちろん大きな動きではなく、音楽マニアの流行り廃り程度のレベルです。かつてのマンチェスターや踊れるジャズ(ジャズファンクブーム)などと同様、今現在のリアルな動きを感じます。同時多発に発生しています。例えば、中川ワニ氏が漫談会で持ち込む大量のCD、Cafe Apres-midi 橋本徹氏のMIX-CD(例えば稀に見る傑作“音楽のある風景”)、fantastic something web!なんかも、同様の質感が感じられます。単に自分と音楽の趣味・志向があうということなんですけど、同じディスクが紹介されていると、何かしらシンクロニシティを感じ、これって、目に見えない流れに導かれた必然?と大げさに考えてしまいます。動きは概ね2005年、2006年頃から始まっていますが、“FREE SOUL”“ACID JAZZ”の様に煽動的なコピー性のあるネーミングさえあれば、もう少し一般的にも拡がるような予感もします。果たしてこれは単なる思い過ごし?それとも……?

論より証拠、今後随時、この“女は女である”なディスクを紹介、そしてまとめてMIX-CDにしてみますね。
posted by 焙煎師TIPO at 10:42| musica