2007年02月11日

キャラメルラブ

当店のお菓子は、基本的にきまぐれでお出ししています。
きまぐれ、ということは作成者の好みや都合が色濃く反映されているわけで。

甘さ控えめ、という文句はまるでほめ言葉のようにとられることが多いのですが、けっこう容赦なく甘いものが好きなワタクシにとって「甘さ控えめ」なものは往々にして「控えんじゃねぇ」と頼りなく思えるのです。
もちろん、むやみやたらと砂糖を使うというわけではありません。
必要以上に甘みを減らすと、味がぼけてしまうんですよね。
そのへんは気をつけて作っているつもりです。

とりあえず念頭に置いているのは、いかにコーヒーに合うお菓子を作るか。
味も香りも主張しすぎず邪魔もせず・・・まるで長年の連れ合いのような?

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連休限定スイーツです。
「キャラメルとベイリーズのパンナコッタ」

キャラメルテイストのものは、コーヒーにとても合うと思います。
まぁ何よりも個人的に好きなので、必然的に「キャラメルなんとか」といったお菓子は登場回数も多かったりするのですが。

自家製キャラメルクリームにベイリーズ(クリームリキュール)を合わせたパンナコッタです。
とろける濃厚な味をお楽しみ下さい。
posted by 焙煎師TIPO at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | はなtalks

明日は営業します

広報を忘れてました。

明日月曜日は祝日のため、営業いたします。

代わりに火曜日は休みとなります。


どうぞお越しやすぅ!
posted by 焙煎師TIPO at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | お店

音が消える瞬間

確かにTIPOGRAFIAは音にこだわった店かも知れません。
終日店主の趣味性の強いディスクをそれなりの音響機器で流し続けています。果たして飲食店(喫茶店)としてこれはあるべき姿か?

例えば、あなたは最近行ったカフェなり、居酒屋なり、定食屋なりで流れていた音楽をおぼえていますか?

時として、その瞬間の個人的状態や状況を巧みに反映した音楽が天使が通り過ぎるような絶妙なタイミングで流れることがあります。その時、音と人は完全に一体化し、神々しいまでの至極の時を過ごします。そして音楽と記憶はリンクして、思い出となります。あの時、あの人と、あの店で、この音を聴いたよな……てな感じです。

でも日常的に多く溢れているのは、音が消える瞬間(あるいは音を認識しない瞬間)です。音楽を聴覚情報として受信しているはずなのに大脳はそれを認識しない。単純に言えば、音楽なんて聴こえていないのですね。目の前の人との会話、独りでの考え事、料理、かかえた仕事………等々、日常を彩る多くの要素が音を消します。誰もエレベーターで流れるムード音楽(無名の楽団による映画音楽やクラシックもどき)、居酒屋で流れる有線のジャズをいちいち記憶していないですよね。

果たして店舗における音楽のあるべき姿は、音を消すこと(音楽なしまたは音楽を意識させない)か、それとも音楽と共に過ごす絶妙な瞬間のためひたすら足掻き続けることか?時々自分のやっている音へのこだわりは単なる自己満足に過ぎず、ひょっとして来店されるお客様にとっては店主のエゴの押し付けとなっているのでは?と自問自答します。

結論は、やはりタワーレコードの名コピー“NO MUSIC,NO LIFE”。音楽のある場所を演出するために、これからも音と共に過ごします。それが結果として望む人とそうでない人がいたとしても、やはり音楽なしの生活は考えられません。音楽が輝き、人の記憶に残る瞬間のために紡いでいきます。

TIPOGRAFIAは音のある空間です。誰かの音の風景の一場面になりたいのです。
posted by 焙煎師TIPO at 11:13| Comment(2) | TrackBack(0) | musica